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住所表記
前回、街路の話を書いていて思い出したので書きます。

欧米では住所を示す時、streetを基準にしますね。「○○通りの何番目」という表記です(特に事情に詳しいわけでもないので、どれほど一般的なのかは知りません)。

対して日本では県に始まり市か郡、続いて町と段々districtをせばめていって、最後はランダムな番号です。

これは非常におもしろい題材です。詳しくは次回書きますがとりあえずは前回との関連で。

日本では住所だけで具体的に明示されるのは○○町までです。場所に対する帰属意識をもつには、町という単位ではあまりに広すぎて抽象的です(町を代表するような場所というのはあると思いますが、それは住む場所のイメージとは違うでしょう)。

一方、通りを単位にすると随分とイメージしやすい。しかもその通りは自分の家をも含めた、自分の家の前の通りです。これが場所への帰属意識におおいに関係していると思われます。前回は所有する意識と書きましたが帰属意識と言った方がいい言葉ですね。

空間に対する意識のあり方は、日本人の文化や心性からよってくるものであるとして、上の住所表記との関係など、詳細に論じた本が『空間の日本文化』オギュスタン・ベルク著です。

その論考によると、西欧人は自分という主体を持っていて、常に個から物事を考える。日本人は個よりも集団が優先される意識を持っていて、つきつめると「I」ではなく「We」が主語に立っている場合が多い。

だから場所への帰属意識は希薄になりがちなのではないでしょうか。つまり「地域に属する」と言う時、何をイメージするかというと、場所ではなく人(ご近所とか自治会の人とか)/集団になる。

自分の住まいを景観的に考える時も「通りに対して美しく」というよりは、「隣近所に対して恥ずかしくないように」というくらいの判断基準しかもてない。街路から町並みを考える視点が持ちにくいのは、この辺が影響しているのではないでしょうか。
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by O-noli | 2006-06-30 16:43 | thoughts
所信表明?
建築図鑑を始めて、いろいろ古い建物の現状なんかを調べていると解体されてもうないものが多い。
圧倒的に都心部で激しいのですが地方でもダメですね。経済的な判断の前では建築の文化的議論なんて、なんと弱いことか。

大学で僕は建築史を専攻していました。そんなこともあり、時代を問わず建築が好きでいろいろ見ています。なかには「あんまりおもしろくないなあ」というのもあります。
でも「ここは気持ちいい。また来たい」という場所もたくさんあります。そういった場所が消えていくのは、やはり寂しい。
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写真は僕の好きな旧住友ビルディング(設計:長谷部鋭吉+竹腰健造)。足下の囲い見えます? 「何しとんねん」と、びくびくしながら見ています。

ヨーロッパでは新しく建築することも、古い建築を取り壊すことも大問題です。国民的な議論の対象になります。以前に書いたように、ベースに建築に関する知識が一般教養になっていることもあるのですが、もうひとつ「公共の意識」の問題だとされます。

街路は自分たちのものという意識です。すると街路から見える建築の外観は全部自分たちのものです。景観的にちぐはぐなことは、そう簡単にはさせません。その代わり自分の住む家も街路や周囲に対して敬意をはらい、身なりを整えます。

そういった個人の意識の持ちようを変えられるとは思いませんが、まあなんかごく一般の人がもっと普通に建築好きになっていけば、日本も変わっていくかなぁと思わなくもありません。

実はこの記事が100件目です。このブログを一般の人が読んだとき、建築好きが感染するようなそんなサイトを目指したい。と、今そんなことを思います。
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by O-noli | 2006-06-27 09:26 | thoughts
新ダイビル(2)
ロビーの照明や階段のディテールが少し気になりましたが、そのまま屋上へ。

e0080571_10384980.jpg僕が出たところは南館で、外から見えた屋上ルーバーが目の前に広がっていました。

写真は端部のディテール。
ここはコルビュジエっぽいデザインですね。


e0080571_10385810.jpg振り返って、北館の方を見ると写真の通り。
エキスパンジョンジョイント(南/北館の継ぎ目)をまたぐ太鼓橋をはさんで、緑が生い茂っています。


e0080571_10404484.jpg奥に行けば行くほど、高木が増えベンチではサラリーマンやOLが思い思いに昼寝したり、くつろいでいます(邪魔しては悪いので、写真は1時過ぎてから撮りました)。

まさに都会のオアシス。周囲の景色を木々で遮られると屋上であることを忘れてしまいそうです。


最後は北館増築部に新たに設けられたエレベーターの機械室。こんなところでも村野の造形の手は弛められることがありません。クライアントからクレームの付かないところは徹底的に造形実験というおもむきです。
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柱で高く持ち上げられた機械室はガラス張りですよ。ガラス張りのEV機械室なんて初めて見ました。
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by O-noli | 2006-06-25 10:49 | 建築探訪
「My Architect」の感想
一昨日、念願の「My Architect」を観に行きました。
結局、十三の第七藝術劇場で観ることにしました。ピンク街のど真ん中。ビルの6階、同じフロアにはボウリング場もありました。それはさておき人は少なくてゆっくり観ることはできました。

映画としてはしんどかった。息子ナサニエルの感傷的な世界には入っていけなかったから。

インタビューされる人々がカーンを語るシーン、カーンの建築の映像、カーン自身が語りかける古いビデオ。すべて素晴らしかった。でもそれはやはりルイス・カーンの魅力ゆえです。

それとは別の主題でドラマをつくろうとしているその距離感がつらい。中途半端に主体を立ててセンチメンタルにまとめるぐらいなら、発見したルイス・カーン像をドライにあぶり出すやり方のほうが良かったのではないだろうか。

いくらドライにやっても、結局ナサニエルの目を通したカーンなのだからそれはそれでいい映画になるんじゃないかなあ。ちょっと控えめにした方が...ということか?
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by O-noli | 2006-06-22 19:35 | topics
いちやま旅館
東京や大阪でも、地方でもどこでも等価に街歩きは好きです。例え、さびれていても街には必ず建造物があり、人の暮らしの痕跡や歴史が積もっています。

そういうものを辿って、眺め歩いていているとフッとおもしろい建築に出会ったりします。そんな発見的な楽しみもあり、飽きないから時間があればどこでも歩き回っています(普通の観光客以上にきょろきょろして、よくわからないところで立ち止まったり、カメラを構えていたりするので怪しい)。

e0080571_187672.jpgそんな中で発見した建物。城下町、松本。蔵がまだ残る町並みの一角、通りに沿って横たわる「いちやま旅館」がありました。
過去形です。今回、建築図鑑に載せるに際し調べていて、松本市のHPに1996年取り壊しの記事を発見しました。

調べると、大方の部分は昭和30(1935)年、この写真の状態が完成したそうです。
松本は戦災をまぬかれ、商家の蔵が多く残っていたため町並みにあわせて、3階建てに関わらず、蔵造りにしたそうな。

1層目は乱れた開口をなまこ壁の腰でまとめ、2・3階はほぼ均等に並ぶ出窓風の窓。景観的に違和感なく納まっていますが、とても興味深い意匠です。

まず3階建ての蔵造りということ。そして2・3階に並ぶ窓の形式。両者とも昔ながらの蔵造りではない形式です。これは蔵の意匠でまとめながら、内部の機能的要請から導かれた極めてモダンな建築です。


e0080571_1875323.jpg僕の目にとまったのは、窓の連続がモダニズム建築に見えたからです。

裏に回ると真壁で漆喰塗りにした付属屋があります。こちらも白壁/柱梁の縁取りと下見板張りの構成が、とてもモダンでかっこいいです。
いわば無彩色のモンドリアン。地味な分だけ倉敷の浦辺鎮太郎よりうまいかも。

手元の本には内部の写真もあって、中は明治、大正の薫りです。
モダンを取り入れた和風でしかもいい材料を使っていたので、内装部材は別敷地で新築された旅館に再利用されているそうです。取り壊される前に泊まって見たかった。

外観の景観的配慮ゆえ保存運動も起きたらしいですが、区画整理に負けてしまったようです。建築の文化的価値にまで及ばず、せいぜい景観的な部分でしか建築を議論できないところがつらい。もったいない話ですが。
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by O-noli | 2006-06-19 18:21 | 旅の空間
生石神社(2)
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生石神社は建築的にもおもしろい配置になっています。階段を上がっていくと絵馬堂があり、そこから拝殿、弊殿、石の宝殿と一直線に並びます。その3つの社殿は割拝殿といわれる形式で、ど真ん中を通路が貫通し、アイストップに宝殿が鎮座する。

e0080571_9354921.jpgこれほど軸を強調し、素直に軸線上に社殿を配置するのも珍しい。

中でもおもしろいのが絵馬殿で、床下を貫く急な階段を上がりきって見返すと見晴台(木が邪魔で見晴らせないけど)になっている。

いわば山門のようなものですが社殿のこっちとあっちで人の背丈+αのレベル差が必要になるので、なかなかない構成だと思います。


e0080571_9355899.jpg弊殿は千木、堅魚木を上げ、細部意匠も凝らした小さいながら立派な社殿です。
ただ両サイドは風雨を避けるためでしょうか、透明のアクリル板か何かで覆われています。
また社殿の至る所に落書きが彫り込まれています。

県指定の文化財程度では管理が行き届かないということでしょうか。石の宝殿も含め結構、貴重な(しかも生きた)遺構だと思うのですが冷遇されているような気がします。
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by O-noli | 2006-06-16 09:39 | 建築探訪
生石神社(1)
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生石(おうしこ)神社と読みます。姫路のお隣、高砂市にある神社です。この神社では巨石をご神体として祀っていて、しかもご神体を見て触れることさえできるというので見に行きました。

ご神体は「石の宝殿」、「鎮の石室(いわや」もしくは単に「浮石」と呼ばれます。

e0080571_9521119.jpg由緒公式サイトに譲りますが、写真のように弊殿の裏手、三方を岩山に囲まれて宝殿はあります。

石窟寺院のようにここで掘り出されたように見受けられます。

意図的に彫り込まれた不可解な形状。

池に浮かび、注連縄をまかれ、頂部には木々が自生しているその姿はどっしりとこの地に根を下ろした土着くささにもかかわらず、凛とした緊張感のあるたたずまいです。


e0080571_9591227.jpg裏の岩山を上るとあたりを見渡すことができます。

附近には写真のように派手に山肌を削る石切場が何カ所か見られます。

ここで産出される石は高砂の重要な産業になっています。

凝灰岩の一種で竜山(たつやま)石もしくは宝殿石と呼ばれているそうです。この竜山石については不勉強で、僕は六甲山系と同じ花崗岩の系統だと思っていました。

さておき、古くからの主要な産業であるが故、巨石が信仰を集める。自然な成り行きではないでしょうか。
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by O-noli | 2006-06-15 10:03 | 建築探訪
建築の境界線
建築図鑑で
太陽の塔を載せようかどうしようか? ええい、ままよ。と載せてしまってから、
はて建築と非建築の境界線はどこだ? と考えてしまいました。

太陽の塔も針尾送信所も内部空間があるから建築でいいじゃん。と思おうとしたけど、この後載せていきたいものを考えてみると、ちょとまずい。
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建築学用語辞典によると
建築=建物で
土地に設置され,床,屋根,柱,壁などで作られる,人間の居住,作業,物の貯蔵などの用に供されるもの.

また建築=建物=建築物で
法律上は,土地に定着する工作物のうち,屋根と柱または壁のあるもの,これに付属する門,塀など,および建築設備をいうと定義されている.

建築の意味の特記として、
architectureの訳語として用いる場合には,美的文化的価値に着目したときの呼び名.
とある。

そして建造物となれば
土地に固定された構築物一般の総称.したがって建築,建物のほかに,橋梁,ダムといった土木施設や,巨大彫像,記念碑,ゲートなどまで包括する広汎な概念.
とある。

内部空間によるしきりはなく、建造物までいくとくくりが大きい。境界ラインは「建造物」と「建築」の間のどこか。そういえば眼鏡橋もあったし、実は建造物という呼び方がたぶん正解なのだと思う。

建造物図鑑。  ......なんかやだ。
2つ、逃げ道を用意しました。

○ 「建築図鑑」は略称で正しくは「建築(および建築周辺)図鑑」
○ architectureの訳語として用いる。よって美的文化的価値が高いと判断したものは独断で建築とする。
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by O-noli | 2006-06-12 23:12 | thoughts
house I 2005(2)
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先日、house I の照明器具の配置換えをやりました。蛍光灯が多すぎた部屋から間引いて、暗い部屋のベース照明に回しました。

house I は水回りを除けば間仕切りのない1室空間です。必要な場所にはロールカーテン、ロールスクリーンを入れて、ゆるく仕切っています。部屋配置も固定されておらず照明もコンセントにして、どうとでも対応できるようになっています。

e0080571_18525530.jpgまたhouse I の天井は基本的にデッキプレート露出の素地です。

デッキプレートは多く鉄骨造建物で用いられる床材料で、鉄骨梁の上に敷き込み、上にコンクリートを流し込み、堅固な床をつくります。

デッキプレートにも色々あって、これは一般的なビルでよく使われますが、住宅ではあまり使われることのないものです。なぜこれを選んだかというと、配管吊り込みのためのレール状の溝があったからです。

e0080571_18534242.jpg通常はここに設備配管して天井を貼ってフタしてしまう訳です。

この吊り込みのための金物がよくできていて、ボルトのねじ山が切ってあってワンタッチで取付ができるようになっているのです。

主には照明器具用になるのですが、何でも吊れて、しかも移動が楽ということでおおいに活用しようということで露出です。事務スペース以外は天井に系統別のコンセントを設けてあるので、自由に照明の配置をいじることができます。

これだけのフレキシビリティをもたせたのは、将来的な家族構成の変動を見越してというのもありますが、施主の意向が元々コンバーチブルな発想だったためです。「普段はこういう風に使うけど、こうでも使えるようにしておきたい」といった感じ。

「住み始めてからで済むところは、住みながら本当に満足いくようにつくろう。今はつくらないでおこう。」という方針で進めたため、なんでも入られる箱のような住宅になりました。そろそろ1年たって、いろんなものが入っているので、それらに合わせてカスタマイズしていく時期にきています。
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by O-noli | 2006-06-05 19:06 | works[architecture]
新風館
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阪急烏丸から北へ歩くこと、10分ぐらい。地下鉄ならすぐ近くなので普通は地下鉄使うのかな。
新風館という商業施設があります。逓信省/吉田鉄郎による旧京都中央電話局(1926、1931)をNTT都市開発が自身の手で再生、活用した幸福な建物です。

旧京都中央電話局は吉田鉄郎が大阪中央郵便局のようなガチガチのモダニズムに至る前、表現主義的な作風だった頃のものです。設計はNTTファシリティーズ+R.ロジャース。その外壁と躯体を残し、新館とあわせてロの字に中庭を囲む形にしました。
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最初は原色に塗られた鉄骨に目をむきましたが、慣れてくるとこれがすごく馴染んでるように思えてきます。普通は隠される鉄骨や設備配管がそのまま露出していますが、それがミソなのでしょう。柱や天井など隠していくとそれに伴って、形態をつくっていかざるを得ません。

へたに形をつくると既存の建物に干渉します。同様に派手な色の鉄部は素材感を奪うためではないでしょうか。既設のざらっとした味のある風合いのタイルと渡り合うにはコストがかかりそうです。べた塗りのペンキは色彩に訴えますが、触覚的な素材感は殺します。

つまるところ、ここでとられた方策は新設部分をなるべくニュートラルにして、既設と衝突しないようにしたのではないでしょうか。空間的には親密な感じの中庭と抑え気味でいてポップな色彩がとても居心地がいいです。

近時のショッピングセンターの開発は、純粋に金を落とす店舗床だけでなく滞留時間を長くさせるための余分な空間を工夫することに重点を置きます。そういう意味では新風館は核店舗なしにも関わらず、かなり成功している商業施設ではないでしょうか。
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by O-noli | 2006-06-02 23:02 | 建築探訪

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