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カテゴリ:thoughts( 44 )
相対性理論
先月、アインシュタインの『物理学はいかに創られたか』という本を読みました。高校の時の夏休みの宿題で読んだ本ですが、何となく読み返し始めたら面白くて。当時、ちゃんと理解できていなかったことがよくわかりました。
内容はアインシュタインの相対性理論へと至る物理学の歴史と相対性理論以降、量子論の取っかかりまでを数式を用いずに言葉だけで理解できるように平易に書かれています。

量子論はアインシュタイン以降の発展が著しいですが、相対性理論を理解するには好適な本です。以下、その考え方の面白かったところをとりとめなく記します。

光速度不変の原理:互いに相対的に一様に動いている座標系において、光の速度は変わらない。

例えば、電車の中で列車の進行方向に(ともに等速度で)歩いている人Aがいるとすると、外からそれを見る人Bからは、電車の速度プラスAの歩く速さで移動するAが見えます。この時、AとBは異なる座標系にいるので、列車内でのAの速度とBが見る速度は異なることになります。しかし、光の速度は例えばそういった状況にあっても(速度が違いすぎるのでイメージがわきませんが)変わらないということです。

そして、光以外の何ものも光の速度まで達することができないことを前提とし、光の速度に近づけば近づくほど、時間が遅くなり又、距離が短くなる。理論上、光速に達したとき時間がゼロになる。

ニュートンの絶対時間、絶対空間の否定です。SFに出てくるワープの理論背景はこれですね。速度が大きくなるほど時がゆっくり進んだり、長さが縮んだりということですが、日常の世界では光の速度に比してごく小さな速度でしか移動できないのでその違いは無視できるということです。実際にGPSでは高速で移動するので、時間の補正を行っているんだそうです。

それまで絶対と考えられてきた空間尺度が速度によって変わるということなので、(x,y,z)の3次元で表されていた座標に時間の次元を加える必要が出てくる。(ct,x,y,z)、ここでcは光速を示し、時間を示すときの定数になる。これが4次元の世界、時空連続体ですが、ここでも速度が光速に比して十分遅いときは3次元で近似できるということでしょうか。

通常は加えられるエネルギーに比例する形で速度が増しますが、光速に近づけば、近づくほどそれをはるかに越える抵抗力を示します。それはエネルギーが質量を持っていることを意味します。太陽が輻射エネルギーを放出することで質量を失っていっていることも説明されます。

実体をもった物質が持つ質量というものはエネルギーにほかならないということは、エネルギーは場に偏在していて、物質というのは言い換えると局所的にエネルギーが集中した場であるということになります。これはSF映画なんかで見る瞬間移動装置の原理みたいなイメージがわきますね。

アインシュタインの相対性理論とは互いに相対的に動いている二つの座標系において、運動法則が不変であることを示すものです。それは古典物理学において3次元で出来事を捉え、古典的変換によりその不変であることを示すことができていたものを、4次元で捉え直しそれに相応しい新しい変換を加えることでその不変性を示したものです。

そうすることで、古典物理学で説明のつかなかった現象や異なる物理分野の理論間で齟齬をきたす現象を包括的に説明できて、それまでの物理学の前提である仮定された空間、慣性系というヴァーチャルな空間も前提としなくてもいいという画期的かつシンプルな理論なのです。

なので相対性理論によって、ニュートンや古典物理学は否定されたわけではなく、読み替え、書き換えの必要がでただけです。それらは一般相対性理論の特殊な極限の状態を示したもので、近似的に十分実用できるものなので今でも学校で教わるという次第です。

ちなみに特殊相対性理論(1905)は慣性系での相対性理論であり、一般相対性理論(1916)は加速運動をする系や重力場を含めて一般化したものに相当します。
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by O-noli | 2014-03-27 09:14 | thoughts
當麻寺と法隆寺
磯崎新が『空間の行間』で當麻寺の軸線のことを書いていて、面白かったので當麻寺について少し調べていた時のことです。
氏によると當麻寺は東西と南北と二重の軸線を有していて、東西方向のその先は伊勢神宮を指している。

伽藍配置は正にその通りで、金堂と東西の三重塔が南北軸を、本堂(曼荼羅堂)と東大門が東西軸を形成する。

しかし、ここで気になったのが西塔と東塔のズレです。少し東塔が下にずれているのです。
そういえば本堂と東大門を結ぶ東西軸も東大門が下にずれることでずれています。
google地図で當麻寺境内からグーンとひいて見ると、その南へ少し振れた西の先に伊勢神宮がありました。

その時(正確にはひいて行く途中)、伊勢神宮へ向かう軸の途上に畝傍山がありました。

話が前後します。
磯崎によると藤原京、平城京以降、中国の都市計画が入ってきて以来、天子南面する南北軸を主とした都市計画がなされるようになる。
寺院の伽藍配置についても同様。概ねそれ以前は太陽の運行に関わる土着信仰に基づく東西軸というものが重視されていて、なぜか當麻寺は両方の軸を用意しているということを書いています。
そして共著の福田和也が創建時は南北軸を、西方浄土の思想が入ってきてからは東西軸を強調するようになったと指摘している。
それは當麻寺が真言宗と並んで浄土宗をも宗派としていることともよく合致する。

ここからお二人のはなしとは、論点がずれていきます。
そもそも、なぜその僅かな軸のズレが気になったか。寺院というは東大寺のように南面して本堂が建ち、その真南に南大門があって、正確に南北軸を形成しているという大方のイメージがあったからです。

僕には當麻寺の伽藍配置は表向き南北軸の体裁を整えて、実のところ太陽神信仰に主眼を置いているように思えます。
南北軸の一角を担う三重塔をずらしてまで意図的に伊勢神宮(天照大御神)への軸を整備しているからです。
東西軸といわずに太陽神信仰と書いたのは、後に入ってきて強調するようになった浄土思想とは別の話だからです。

當麻寺の創建については、はっきりした定説がありません。
いろいろある説の中に、間接的にですが天武天皇と聖徳太子という名前が出てきました。天武帝といえば、教科書的には古事記、日本書紀の編纂に着手させ、伊勢神宮や国家神道を整え、同時に仏教をも保護した人物です。

wikiには「天皇を称号とし、日本を国号とした最初の天皇とも言われる。」とまで書かれるほど国粋的でありながら、国政安定のため仏教国家をも目指したということです。雑な議論ではありますが。

上述の當麻寺の伽藍配置に対する僕の印象がしっくりくる人物像ですね。さらに聖徳太子の名が出てきたので、法隆寺も調べました。
法隆寺は飛鳥時代の創建になるのですが、太子による斑鳩寺は現在の東院に建設されていて、西院に再建された現在の法隆寺は當麻寺に残る古い遺構と同時代(7世紀末頃)の建築です。それは太子の死後150年以上後のことで、かつ聖徳太子の通説自体『日本書紀』をベースにしたものなので、太子自体の存在を疑う説もあります。

法隆寺の伽藍配置を見ると南面して大講堂が建ち、その正面に中門があり正統な仏教寺の配置に見えます。しかしすぐ気がつくように、伽藍全体の南北軸が少し反時計回りにずれているんですね。
google地図でひいていくと、少し東へ振れた南へ向かう軸線のその先には畝傍山があり、更にその先にあるのは熊野三山でしょうか。

畝傍山といえば、以前にも出てきましたが橿原神宮、神武天皇。
熊野三山とは熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社を指し、創建は前1世紀〜後4世紀と伝わる熊野信仰の中心地です。

伊勢と熊野では志向する内容が若干異なりますが、密かな信仰というような気分は共通してあります。

神武帝の白檮原(かしはら)の宮や、御陵の場所は前にも書いた通り特定されているわけではない。が、畝傍山はずっとそこにあったはず。
天武帝の時代、畝傍山はどんな状態だったのでしょう?つまり軸の目標たるにふさわしいような場所だったのか?ということ。
記紀に記述される神武帝はその実在性も含めて、いろんな説があります。天武の時代から1300年ぐらい過去に遡る話だ。時代も考えると何も痕跡を見つけられなくても不思議はない。天武帝もそう考えて、実在の地名を盛り込んで神武以下神代の歴史を作り上げたのではないか。
よって、当時の畝傍山には信仰の対象となる何ものもなかったと僕は思います。もし、當麻寺や法隆寺に天武帝周辺の政治的関与があったとするなら、畝傍山=神武のハク付けに利用したと考えられます。

では神武帝と神代の天皇たちはなぜ必要だったか?
一つは皇祖神アマテラスへと遡行する系譜をつくるためです。神武帝でもまだアマテラスまで5代遡らないといけないのですが、とにかく皇室とアマテラスを結ぶ、しっかりしたアンカー、中継点が必要だったのだと思います。
もう一つは政権の正当性を主張するための歴史を正史として定着させるためです。現在の覇権へと至る道筋を、虚実取り混ぜて自在に引き受けてくれる人物が必要であった。だから神武は複数の人物の事蹟の受け皿になってるのだと思われます。
同様に、例えばスサノオノミコトのように記紀に多くの神話が残されている神はある程度の読み替えは必要であるにせよ、事実に基づいた複数の人物の事蹟の受け皿になっているのだと考えられます。

だから梅原猛が『神々の流竄』で述べるように、記紀神話に対しては、本居宣長のように全て事実としてかかってはいけないし、津田左右吉のように全て虚構としてもいけない。政治に虚偽はつきものだとした上で、そこに仕掛けられた作為を読み取ることが必要だと。
巧妙な嘘つきは99%の真実の上に、1%の渾身の虚偽を盛ると。

氏の議論はとてもおもしろいのですが、まるまる受け入れることはできません。でもこの姿勢についてはまったく同感です。
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by O-noli | 2012-08-29 10:56 | thoughts
栴檀(センダン)は双葉より芳し
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”将来大成する人物は、子供の時から人並みはずれてすぐれたところがあることのたとえで、栴檀は発芽の双葉の頃から芳香を放つ意味。”

ここでいう栴檀は白檀(ビャクダン)のこと。白檀は爽やかな甘い芳香を放つので、香木として利用される。

なぜ白檀のことを栴檀と言うのか、ずっと気になっていましたが、たまたま調べていて見つけました。Wikiに「栴檀は、白檀の中国名でもある。」とありました。
中国由来のことわざだったので、中国名で呼ばれ、そのまま日本に伝わったということですね。

それで植物学者の牧野富太郎の随筆に、ジャガイモのことを馬鈴薯と呼ぶのは間違いだとあったのを思い出しました。複数の随筆集で目にしたので馬鈴薯をよく憶えていますが、中国名の移入の際、昔の本草学者が誤って異なる植物の名とし、そのまま広まっているものを指摘した文章が他にもありました。

馬鈴薯は栴檀の件とは違う話ですが、どちらもシニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の文化によるずれといいますか、ソシュールの言う記号の恣意性を説明するのにちょっとおもしろい例にできるなあと。

ちなみに、牧野博士は中国で呼ばれていた馬鈴薯という植物は、マメ科のホドイモと推定し、今日、中国においてもジャガイモのことを馬鈴薯と呼ぶのは、日本からの逆輸入ではないか。と書いている。
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by O-noli | 2012-07-24 10:31 | thoughts
神道のこと
(前回からのつづき)
四大宗教の現れる以前、古代の世界各地に存在していたであろう地母神信仰。西洋におけるキリスト教が顕著ですが宗教はそういった土着信仰を邪教として攻撃し、排他的に布教されていきました。一方、日本では地母神信仰を排することなく時代は推移していきます。

国譲りの神話は天津神が国津神から国の統治権を奪うことの正当性を主張します。実際は力づくであったかもしれませんが、記紀では国津神(≒地母神)と結びつくことで支配体制を築く形になっています。そこでは地母神信仰を利用はしても、排除することはありませんでした。おおまかですがここを神道の始まりとしてその後、老荘や陰陽五行を取り込んだり、神仏習合させられたり、分離させられたり、散々振り回されますが、神道自体に地母神信仰が分かちがたく内蔵されていました。

日本では(キリスト教はちょっと違うけど)仏教も儒教もいいとこ取りというか、その時々社会の現状に合わせて都合の良いように取り込むというようなところがありました。それまでの思想を否定せず、無理なく取り入れる。だから神道はその時々、いろんな思想を受け入れたし(生き残るためとはいえ本地垂迹なんかはその最たるものです)、仏教も土着の神を否定することなく地縁社会に溶け込みました。仏教側にもそういう下地があったのかもしれませんが、日本における神仏習合は割りとすんなりいったのではないかと思います。

本当の危機は国家神道を整備するための神仏分離政策、神社管理の合理化のための神社合祀政策の頃にあったのだと思う。
ここでいう神仏分離は明治初期の政策として行われたもののことで、廃仏毀釈の動きを引き起こし物理的にも相当のダメージを仏教寺に与えました。習合して溶け合っていた神仏をまた引っぺがすことは、寺側からしてみれば、神が担っていた古い地縁の文化を奪われることにほかなりません。
更に明治末期、全国の神社を官費で統括管理していく都合で1町村ごと1社に合祀するという乱暴な政策がとられました。有名なのは南方熊楠の反対運動(神社と一緒に杜の木も伐採されたから)で、熊野の杜はいくらか守られたらしい。しかしWikiによると全国で20万社あったものが13万社にまで減ったということです。

繰り返しになりますが、アニミスティックな土着信仰は世界普遍的であり得、文明の発展に伴い失われやすく、しかし日本では独特な環境(民族的な性癖もあるのだろうか)と神道というこれまた特異な宗教によって、大事に保たれてきました。

思えば、日本史の中では「錦の御旗」に象徴されるように度々、天皇が政治に利用されてきました。明治以降も当然の如く。ただそれまでと違ったのは開国したため、列強と対等に渡り合えるよう近代国家としての体裁を整える必要がありました。
ここで一つの矛盾が生じます。天皇と神道が一体であるため、政教分離ができないんですね。

この段落、柄谷行人から引用になりますが、政府は〈神道は「敬神」の対象であって「祈願(信仰)」の対象ではない。〉という理屈を立てて、〈神道は宗教ではない〉という解釈を持ち出した。そして信教の自由を憲法で保証した。
この辺り、柳田国男や折口信夫が批判していたらしいけど、それは神道の非宗教化、行政組織化ということになります。

このねじれを強権でもって正当化していくための施策がさまざまな問題の種となるのでしょう。わかりやすく言うと、神道の非宗教化=神道が政治に組み込まれることで、神道、神社を厳格な枠に落とし込む必要が生じたということで、そうした政治の型枠からこぼれ落ちるふわっとしたものは多々あろうということです。

天皇と神道を分離していれば失われずにすんだ。と言うは易しで、歴史の流れからすると必然のように考えられなくもない。また省庁間の争いなど政治的な絡みもあり、事態は複雑でそう簡単に言い切れるものでもありませんが。
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by O-noli | 2012-06-13 08:41 | thoughts
建築の価値
去年、大阪市中崎町の済美小学校の記事を書きました。ちょっと前にたまたま通りがかったら、すでに解体されてマンションの躯体が上がってきていました。
「こんなことなら、もっとしっかり見ておけばよかった」とほぞを噛んでもあとのまつり。何度そんな経験をしたことか。

大阪市は財政難という理由でこの時代の小学校をがんがん売却、屠っている。しかし廃校にする学校がある一方で統合後の新規開設校や小奇麗な新校舎があったりする。人口減によって統合が可能となっているのだから、既設校舎を利用しての統合は検討の余地があるはずだ。

お願いだから建築の持っている価値、数字に表われない価値というものをもっと切実に感じてほしい。取り返しがつかないんですから。

なんばの方で精華小学校が同様の危機にさらされているとのこと。しかもここは建設資金全額を市民の寄付で賄われたのだそうな。大阪市はお荷物になってきたので売却するという。一方で比較にならないくらいお荷物になる箱を作ってきておいてだ。

精華小学校では卒業生が中心となって精華小学校愛好会を立ち上げ、保存活用の署名を集めています。
コチラに要望書の内容と最下段にWEB署名もできるようになっています。同意されるなら是非。

現代つくられている建築の大半、典型は前出のお荷物箱物ですが、これらが100年後に上記のような建築の価値を醸成しているとは考えられないんですよねえ。
だって精華小学校みたいな施設は最初からトップギヤで愛されてきただろうし、お荷物箱物は最初からトップギヤで疎まれてきているのだから。
建築の価値を計るのは愛着のようなものがひとつ定規になるのだろうとは思います。
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by O-noli | 2011-07-01 11:27 | thoughts
視覚に代わる知覚
先日、海遊館に遊びに行きました(ナント初めて)。
水族館は好きですが人混みが嫌いなので人気の水族館にはなかなか行くことがないので。

その時、視覚に代わるユニークな知覚の存在を知ったのでここに書きます。下は海遊館のイルカの解説から抜粋しました。

イルカは、断続的に’カチカチ’と聞こえる音(クリック音)を出し、この音が物に当たってはね返る音を聞き取り、その形や大きさ、中身、周囲の状況を把握します。
そのしくみは、まるで頭の中にあるスクリーンに、立体的な音の絵を描いているかのようです。
イルカは、「目で見る」だけでなく、「音で見る」能力も備えているのです。これをエコロケーション(音響測位)といいます。


エコロケーション(echolocation)とはエコーによるロケーションつまり反響により位置を測るわけです。イルカが音の反射によってなにがしか知覚を得ているというのは、なんとなくきいて知っていました。それはまさに魚群探知機のようなもので、何か特定のターゲットの位置を測位する程度のものという認識でした。

しかしそうでなく「その形や大きさ、中身」までわかるとあります。形や大きさはロケーションの精度の高さということです。中身ということはこれも精度の問題でもありますが、反響の質の違いを認知して対象物が何であるかを識別できるということです。

そこまでの情報が得られれば十分、周囲の情景が描けます。まさに「音で見る」ことができるのです。水という媒質があるからそこまでの精度がだせるのだろうとは思いますが、でもおもしろい知覚世界です。

あと、類似のものでこんなのもありました。
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こちらは特別展示の古代魚ですが、目は退化していて、自身のまわりに電界をつくりその電気の歪みで周囲の状況を把握するのだそうな。音ではなく電気です。精度は悪そうですが、興味深い知覚手段です。
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by O-noli | 2007-11-11 14:58 | thoughts
洗濯指数と体感温度
ときおり天気予報で洗濯指数というのをききます。計算式は一般に公開されていないらしいですが、日照・気温・湿度・風からから計算して指数表示されるとのこと。

日照というのは輻射熱ですね。雲などに遮られることなくダイレクトに熱が得られれば、洗濯物の水分がよく蒸発します。そうでなければ気温。暖められたまわりの空気から熱をもらって乾かす。

次に湿度。当然のことながら湿度が低い方が洗濯物はよく乾きます。そして洗濯物の周りの蒸発した水分を多く含む空気を入れ替えるために風が必要です。
この4要素で洗濯物がよく乾く度合いを導いているわけです。

この「乾く」と一言で済ませている状態の変化を整理して言うと、洗濯物が得た熱によって内部の水分が蒸発し、その水分を含む周囲の空気を入れ換えてまた蒸発する。ということなので、よく乾くための要件は適切な「温湿度環境」と「風」と言い換えられます。

経験的にわかりますが、風が強いと洗濯物はよく乾きます。バイクツーリングの際、使ったタオルを荷台にはためかして走ると一瞬にして乾いていました。そこまで行かずとも風を感じる程度もあれば洗濯物はすぐ乾くでしょう。

このとき同じことが人の体の表面でも起きていて、同程度の風を浴びると人体の汗もよくひきます。汗がひけば体表温度も下がるので多少なりと風があれば、体感温度はぐんと下がるということになります。

上記、洗濯物が乾く要件からいうと、もう一つ湿度も体感温度に影響します。じめじめした暑さが温度以上に暑く感じられたりするのは汗がひかないからで、除湿すれば涼しく感じるのはそれも汗がひきやすい環境になるからと言えましょう。

洗濯指数の高い日、風の通る緑陰や東屋はさぞ涼しいことでしょう。除湿は機械に頼らなくてはなりませんが、風を呼び込むことは建築側で考慮できます。兼好法師の言うとおり伝統的な日本家屋が「夏を旨として」つくられていたように。
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by O-noli | 2007-06-30 14:34 | thoughts
それもタテ
ちょうど昨日、『タテ社会の人間関係』中根千枝著(1967)を読み終えたところでタイムリーにおもしろいコラムを読んだ。

鈴木貴博:タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代”

かいつまむとタテ社会に生きる30、40代以上の世代に比して、現代の若い世代はヨコ社会に生きている。しかしタテヨコ変われど、ウチ/ソトの区別は強く日本人独特のムラ社会の意識は健在だということです。

そこで述べられるヨコ社会が本当の意味でのヨコかというと少し疑問ですが、それはそれとして中根氏がいう「日本人に欠落する契約精神」ということの意味が鮮明に見えたように思いました。

自分はどうかというとタテ社会を毛嫌いしていつも逃げているくせに、ヨコにも居場所を見つけることが出来ず、まともに社会と接している感覚がもてない。

うーん...なんだかな。
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by O-noli | 2007-05-31 10:42 | thoughts
結び目の魅力
少し前ですが、ロープの結び方の本に夢中になっていました。

動機は二つあって、一つは houseI の内部階段手すりからの落下防止にロープを編んだものを使おうと思いたち、どうやって編むのかな?と思って。
もう一つは引っ越しの時など軽トラに荷物を積んだ時にささっとロープをくくってみせる友人がいて、それがカッコよかったため。

本を見ながらいろんな結び方をやってみてしていると結構かっこよく結べたりしておもしろいのです。その時は何度も結んでみて憶えましたが、今はもうまた本見ながらでないと無理だと思います。

で、その時に二つ思ったことがあります。

ロープが思いのほか他用途に使え、いろんな目的があって、いろんな結び方があって、ちゃんと名前があって。「結ぶ」というのはとても繊細な文化だなあと(同様のことが、「折る」とか「包む」とかで言えそう)。
また和名と別に英語の名前があったりするのは合理的・機能的であるがゆえ別々の場所でも、自然と発明されるべくして発明された結び方なんだろうと勝手に思ったりしています(大方の結び方は登山やアウトドア由来)。

もう一つ、とても「結ぶ」という言葉自身に魅力を感じるようになりました。象徴的にも実質的にも何かと何かを強く、くっつける。そのためには、儀式のような複雑な手の所作を経ないといけない。
なにかね、結婚とか結晶とか「結」という言葉にすごく奥深いものを感じるようになりました。おもしろいですね。これだから日本語は好きなんです。言葉の象徴性が汲み尽くせぬ魅力を生み出します。(結!、滅!って知ってます?)

写真は夢中になっていた時につくったもの。犬のクサリや首輪に使うロープの結び方で二重止め結び、鎖結び、巻き結びを使ってできています。

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by O-noli | 2007-03-11 19:32 | thoughts
タスク/アンビエント照明
こないだのライトアップの話とリンクするよなしないような話。久しぶりなので気負いの長文、見放さずにつきあってください。タスク/アンビエント照明という言葉をご存じですか?

建築学用語辞典によると
アンビエント照明(ambient lighting)
 事務所照明において,タスク(事務作業)照明と組み合わせて快適な視環境をつくるための,天井,周壁,床面への照明.


タスク照明は
タスク照明(task lighting)
 コンピューターの画像面に反射光が映り込まないように工夫して,作業机などに組み込まれた照明.→作業照明.

よりも

作業照明(task lighting)
 事務所や工場などの作業現場において,全般照明に頼らず個々の作業に適した視環境をつくるように工夫された照明.→タスク照明.

こっちの方がしっくりきます。

事務所や作業場での照明計画に使う言葉で、アンビエント照明が空間全体をほどよく照明し、タスク照明が必要な場所にスポットで、例えばデスクライトでデスクトップを照らす。

全体を均一に明るくすると無駄なので、全体の照度を落として必要な場所だけ補助照明で照度を上げてやろうと。そういった発想です。

そうやって説明してくると、耳慣れない言葉だけど普通にやってることじゃないか、ということになると思います。確かに家でも勉強机のある部屋や書斎や台所など細かな作業をする場所は適切に照明されているでしょう。

問題はその他のアンビエント照明だけで済ませている部屋です。特に居間をイメージしていますが、コストの問題から蛍光灯を使いがちであること。蛍光灯は全体をくまなく照らすには格好の照明ですが、くつろぎの場には不向きな明るさです。

蛍光灯でも灯数を減らして調節できますが、薄暗いと非常に滅入る色をしていて、蛍光灯を使う以上、明々とやらなければ気が済まなくなります。

格段タスクがあるわけでもないのに全体を照らしたくなるのは、蛍光灯の登場とともにつきまとう病のようなものかもしれません。

しかし明るくしたがる人にも言い分はあって、居間で作業もするから明るくしたいということはあるわけです。

これは日本の茶の間がいろんな生活の営みを受け入れてくれる何でも部屋(卓袱台は食卓であり、座卓であり、文机であり。卓袱台をたためば布団を敷いて寝室にもなり)だったためで、その空間は現在ではリビングにしか行き場がなく、多機能性をそがれた貧弱なリビングであっても受け皿とならざるを得ません。

それならば、全体の照度を上げるのでなくタスク照明を加えればいいのです。茶の間の汎用性に習うなら行灯みたいなポータブル照明がいいと思います。

蛍光灯は細かい作業を伴う部屋以外ではあまり好ましくないと思うのですが、コストが安いということはそれだけ需要があるということで、それは蛍光灯の宿命─汎照明主義とも言える価値観が通念になってしまっているのではないかと思ってしまうのです。

明るすぎる街というのはこの汎照明主義に通じるものがあります。街灯や道路灯の多さは日本独特だとききますし。街が明るすぎるから郊外においても外の背景放射光〔環境(アンビエント)光〕が明るくて星が見えない。

いっそ夜は外のアンビエント光を目一杯取り込んで、これを室内のアンビエント照明に利用でけへんか?などと考えてしまいます。
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by O-noli | 2007-03-01 12:49 | thoughts

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