ブログトップ

カテゴリ:column( 4 )
セルフビルドの意味

住宅メーカーの住宅は完全に商品なのでまずあり得ませんが、普通にまちやの工務店で家を建てるときは腕に覚えのある施主や設計者なら、部分的にでも自分たちで施工することで工務店へ払う費用を抑えることを考えます。

費用面以外にも、仕上げの具合を自分たちで自由に加減できる。実際に住むユーザーが自分たちでつくることで愛着が増す。

などなどプラス面が多いし、自分も手を動かすのは好きな方なのでどちらかといえば積極的に考えます。

ただし、実際の作業については生半可に考えるべきではありません。費用を抑えることができるぐらいセルフを取り入れようとすると、作業のボリュームはやはりそれなりのものになります。

また所詮素人なので、プロの職人がかける時間の2、3倍の時間がかかることなんてざらです。

そう考えてくるなら、セルフビルドは結果的には高くつく。と認識しておくことは必要です。

どういうことかというと、もちろん人件費です。今日び、大抵の建材ならホームセンターで安く手に入ります。でも作業にかけなければいけない時間は膨大です。

自分が会社でもらうサラリー(額面ね)を日当割りにして考えてみればわかりやすいでしょう。それはあなたが専門家として働いた時にもらえる報酬です。

その時間を作業につぎ込むわけですから、計算上そこにかける費用は相当なものになります。

職人も同様にプロとして仕事をしているので、素人にとって手間のかかることを手際よくこなしてなんぼです。

それができるからこそ報酬を得ることができるわけで、費用効率も圧倒的にプロの方がいいに決まってます(言い換えるとプロの方が安くつくということです)。

おそらくは本気でセルフでやろうと考える人は、そんなことは百も承知だと思います。自分の労力をフルに投入すること、知人など安い労働力(タダは無理でしょう)の確保等、それらができる目処があってはじめてできることです。

躯体まで工務店発注で以降セルフで。ぐらいは割とよくあるようですが、それでもそれができる人はすごい能力の持ち主です。

でも本質的にはとても贅沢なことだと思います。自分で造ることに積極的な意味がある場合に限って、有効な手段でしょう。

かく言う私も、究極的には自分で設計して、自分の手でつくるのはひとつの理想形です。

[PR]
by O-noli | 2008-02-25 16:28 | column
住宅メーカーの存在意義

大きなハウスメーカーがやってることは、材料の大量調達と住宅の規格化によるコストの削減です。規格化された住宅を年間うん万棟とか建てる場合、材料を大量に調達することで安く仕入れできます。
(ただし膨大な保管料がかかるので、大量に仕入れて使うまで保管しておくというようなことはしません。)

従って、小さな住宅メーカーはそんなにたくさんの住宅を建てるわけではないので、資材管理によるコスト減はできません。

また小さな工務店でもある程度の規格化というか、まかせられた時にすぐ対応できる規格をもっています。つまり、小さな住宅メーカーは中小工務店と同じ内実を持つのです。

さて、大手住宅メーカーはそのようにコスト削減することで、安価に住宅を供給することができているか?というとそうは思えません。なぜかというと、スケールメリットを生かすには数を売らなければいけません。

売るためには広告宣伝して、営業の層を厚くしてユーザーとの接点を多く持たなければいけません。そうして組織の規模が大きくなると、社員を養うのに利益を多く出す必要に迫られます。自転車操業みたいなものです。

大手住宅メーカーが1棟あたりにのせる経費は建設費の40%程度と言われています。その内の純粋な利益がいくらかは公表されていませんが、それはどうでもいい話です。

問題は実際に建設にかかる費用とそれ以外の費用との割合です。ここで経費がこれほど大きいのは会社全体の人件費や広告宣伝費を背負わされているからで、また会社の規模によって純利益も多く求められるからです。

なぜそれが問題かというと、実際に建設にかかるコストと最終的な値段の乖離が激しくなると価格操作の度合いが高くなるからです。前回記したように元々建設することにはある程度価格をいじる行為が含まれています。それが元の値段から大きく離れているほど、どうとでも操作しやすいわけです。

実際、大手住宅メーカーでの家の値段は販売戦略として決まっているはずで、住宅の内実に比例すれども、優先されるのは全社的に決められた利益率です。

人間的な交渉ごとのようなイレギュラーは許されないシステムなので、ヘタな値引き交渉をすると知らないところで仕様ダウンして処理されることになります。

値段設定はやはり住宅のグレード、地域、ターゲット層などを考慮して決めるのでしょうが、基本的には中小工務店含む競合他社を意識するでしょうから安売り戦略をとらない限り、そこより安くなる設定はしないでしょう。

大きな住宅メーカーが建設にあたって設定する経費は、良くて資材調達と規格化によるコスト減との相殺。住宅の内容を比較してみると、私の目には工務店がつくる住宅よりむしろ高いように見えます。

それでもなお、大手住宅メーカーの存在意義を見出すならその補償能力の高さのためであり、従ってコスト増分は保険と考えるのが妥当でしょう。

実際、メーカーが他で補償したコストは皆が建設した家の建設費に載せられるわけで、正に住宅建設に当たって自動的に保険に入るようなものです。

[PR]
by O-noli | 2008-02-25 16:25 | column
建設費の決まり方〜工務店の場合

イエづくりにあたって費用対効果で考えた時、もっとも安くできるのは小さなまちやの工務店におまかせで頼んでしまうことです。その代わり、おまかせなので多くの要求は却下されますし、仕様も施工しやすい仕様しか選ばれません。

また小さな工務店なら、どこでもOKかというとそうでもなくてやはり質のいい工務店を選ぶ必要はあります。以下、値段が決まるときのポイントを説明します。

彼らも商売でやっているので、利益をのせます。で、その利益は時価みたいなもので決まっておらず、価格交渉や請負リスクに対応するための予備的な利益も見込まれています。

価格交渉というのは言うまでもなく、施主の値引交渉です。「今回、モニターをお願いする代わりに経費ゼロでやります。」なんてことはありえません。そういう場合は、経費は値引きシロで本当の経費や利益は見えないように、他の費用項目に分散して隠されています。

「引けるところは経費しかないけど、もう経費ゼロなのでこれ以上無理です。」といった形で値引交渉を打ち止めにできる訳です。

請負リスクとは、施工計画を読む能力によってリスクの大きさが変わりますが、要するに実際の施工でなんぼかかるかをあくまで予測して先に建設費を決める訳で、結果的にいくらかかるかは誰にもわからないので、生じざるを得ないリスクです。

わかりやすい例は地中埋設物の処理費用や天候による作業の遅延です。また職人が普段からやり慣れた仕様を好むのは、慣れ故の楽さだけではなく、そこにかかる作業量を読めるからです。

材料費は地道に拾いあげて計算すれば、かなり正確に予測できますが、作業量は経験・能力がものをいいます。

ものの値段は材料費+人件費+経費(+利益)で決まります。実はこの中で人件費の割合が最も高いことがよくあります。いかに作業量を読むかで大きく値段が変わるのです。

施主(=素人)に説明のつく不確定要素による費用の増減については、一般的には事後的に精算を求めます。しかし、当初に決まった値段に対して増分については施主に納得してもらうのが難しい。

追い銭は「一切まかりならん」いうケースもあるわけで、その時のための備えでもあるわけです。

上記、2つの予備的な利益をいくらくらい見込むかは、建築条件や施工内容、時期、施主の人柄など様々なことから経験的に、でも勘で決めているようです。そして結果的にうまく事が運べば、正規に必要な利益を越えるボーナス利益です。

だけど、読みを誤れば赤字になることもあるので、請負というのは非常にリスキーな商売ではあります。

ただ、それでも工務店おまかせが最も安くなりえるというのは、工務店規模が小さければ建設費に占める経費の割合も少なく、実際にものをつくるのにかかる値段に近い範囲で事を進めていけるからであり、大きくなればなるほど、価格操作の度合いが高くなり我々の関知し得ない値段設定がなされるためです。

[PR]
by O-noli | 2008-02-25 16:15 | column
建築家の本来の役割
医師、弁護士、代議士などと並んで「せんせい」と呼ばれ、一面では陶芸家、美術家などと同様、芸術家でもある。そんなイメージが建築家という言葉にはまとわりつきます。

なぜそんなことになったのかは本文の主題ではありません(それについても一度きちんと考えたい)。ただ建築生産システムの中で、特権的な力を与えられているのは確かなことで、そこはシステムをうまく回すために一面では役に立っていると言えます。建築家とは、建築士であり設計者であります。

その特権とは、建築の設計・監理を独占的に行うことができることです。建築基準法は建物単体での安全、また周囲との関係といった観点から最低ラインの基準を規定しています。
これを満たす建築のみ建てることができるよう、特定の人間だけに設計業務をすることを許しているわけです。

この建築生産システムが確立する以前(家づくりを前提にするなら)、出入りの大工に必要な大きさの諸室を告げれば、自動的に建築できてしまう木割術という秘伝・口伝の規格がありました。
図面は棟梁の頭の中というのが当たり前で、設計という言葉すらなかったのではないでしょうか。
現代において、設計という業務が施工に付随するおまけ程度に認識されがちなのはここに端を発する。

つまりその時代(近世くらいでしょうか)の建築の品質は個々の大工の手に委ねられていたわけです。その時代はまた地域ごとに緩やかにせよ決まった大工がいて、ある程度の棲み分けができていました。今の工務店みたいに近畿一円とかそんなではなく、せいぜい町単位でやっている感じです。

そうすると、悪い噂がたてば瞬時に仕事できなくなるのは目に見えているので、まあいいかげんな仕事はできません。いわば、施工者と施主の利益は一致していたのです。
地場立脚が維持されているなら、設計・施工一貫のゼネコン型が最も信頼できる建築生産のあり方だったでしょう。

しかし、本来施工者の利益と施主の利益は相反するものです。表面的に致命的な欠陥がない限り、施主が気付かない程度に手を抜くことは自らの利益になるのですから。

近代化、地域社会の解体を経て地域にいろんな業者が参入する自由競争の時代が始まるとなると状況は一変します。品質を維持するだけでは生き残っていけなくなるのです。品質の維持=コストがかかりますが、そのままコストオンしていては競争に勝てません。

ここから施主の利益と施工者の利益の方向性がずれていきます。品質の維持という時の品質は文字通りの品質ではなく欠陥ではない程度の品質という意味合いにスライドしていき、欠陥でない程度の品質というのは個々の業者によっていかようにも解釈され位置づけられることになります。

そんな状態の業界に建築基準法を持ってきても実効力がある訳がなく、第三者的な立場の人間を投入せざるを得ないわけです。

それが建築士ということになり、この人間が施主に雇われて、法に則って設計し、設計通りに施工できているか監理することで品質を保つわけです。第三者である建築士があくまで施主に雇われているなら、建築士の利益=施主の利益でいられます(それは建築士法などに縛られてもいます)。

ところが、建築士が施工者からなんらか利益享受する立場にあったらどうでしょう?
せっかくの建築生産システムも機能しません。
公共工事がずっと形だけでも設計・施工分離としていたのはこのシステムの建前があったからです。

施主、施工者、設計者が独立し、その3者が対等に三角形を結ぶ形で位置する関係が正常な形であり、また日本の建築生産システムが前提としている状態です。
設計者が存在する意味合いを正しく理解すれば、建て売りやメーカー住宅ほか、いろんな形で販売される住宅のそれぞれのキャラクターを見定めるひとつの切り口が見えてくるのではないでしょうか。
[PR]
by O-noli | 2007-03-19 00:05 | column

当サイトに含まれる全ての画像・文章の無断転載・使用を禁じます。
Copyright (c)[factory]/ All rights reserved.