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芸術との距離感
「(前略)建築家のもつオリジナリティはそのかたち自体にあるべきではなく、住み手の要求と周辺環境からかたちに落とし込む時の翻訳の仕方にあるべきだと考えています。」

住宅の設計において思うことを問われ、答えた文の一部です。現状思うことを素直に表現したものですが、してみると創作にあたってのコンセプトはクライアントと敷地に全てあらかじめ内包されているわけです。

様々な創作活動の中にあって芸術の芸術たる由縁と考えられる理由のひとつにクライアントの不在。すなわち創作者の思考が完全にフリーであること。というのがあります。
名だたる美術館に収蔵される中世〜近世の肖像画などは発注されたものなのでそれを思うと絶対条件ともいえないし、現代は村上隆などその境界が曖昧なものも多くありますが、要所を捉えた切り口であると思います。

芸術とプロダクト・デザインを区別する時に機能という言葉が出てきます。ある機能と目的をもってデザインされるため制約を多く伴います。また基本的に発注を経てデザインされるのでクライアントも存在します。

そう考えてくると建築はどちらかというとプロダクトデザインと近しい関係にあるようです。近代建築胚胎期、アーツアンドクラフツ運動が既にプロダクトと建築を一体に考えていたように、近代以降の建築家の多くは家具やほかのデザインをよくこなしています。

芸術について文頭のフレーズと同様にコンセプトの出所を考えると、クライアントから自由であるならまずは何をおいても創作者自身しかありえません。サイトスペシフィックというキーワードが出てきた時、設置環境というしばりがでてきて建築との親和性が少し生まれる。
インスタレーションというのは空間造形なので結果的には建築的なのですが、閉じた空間であれば環境からフリーでいられるので制度的な(制度という言葉が妥当かどうか?)意味においてはまったく建築的でありません。

のらりくらりと書いてきて一体何がいいたいのかといわれると、その時に建築は一面、楽な仕事だと、そう思ったのです。コンセプトを組み立てる素材が全て与えられているから。

芸術においてはまったく白紙の状態、手がかりのない状態から全部自分でひねり出さなければならないわけです。なぜそんなことを思ったのかというと、最近展覧会なんかを観に行って(アートの方の)創作意欲をかき立てられても、忙しさにかまけている部分もあり何もアウトプットが出てこないから。

身の回りの家具なんかは機能をもっているので創作意欲と同時にかたちがでてくるのに。自由に慣れていないとどうもイメージが貧困でいけない。少し日常の過ごし方を変えないといけないようにも思う。
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by O-noli | 2007-07-26 23:31 | monologue

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