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用と美
建築やデザインで「機能的なものは美しい」という言葉をききますが、建築史的に有名な名言から今のデザイナーがいうものまで、なかなか額面通りには受け取れません。が、まったく嘘でもないと思うのは前回のNTカッターのようなデザインがあるからです。

ではなぜ額面通りに受け取れないのか。使いやすさというのは馴れも大きく、そして愛着がわくと形態も好ましく思え、美しく見えます。ブランドものは高価なのだから機能的であるに違いないという先入観も捨てきれません。
つまり機能的であるということには物理的な機能性のほかに心理的な機能性という面があるのではないでしょうか。

美という言葉には「普遍的な美」と「個人的な美」があるのではないか?ということを以前に書きました。同じように「絶対的な機能性」と「恣意的な機能性」があるのではないか?ということです。

指向性を持つ心理的な機能性は「個人的な美」に容易に転化し得るように思います。さらに上述のブランド信仰から言えるのですが、その転化は可逆的で「美しいもの→機能的」という経験的な言い分にも達し得ます。

ということなので、僕が「A-300」にのぼせているのは本当に使いやすく美しいからなのか、ただ単に”あばたもえくぼ的”な感情なのかは定かではありません。
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by O-noli | 2006-11-15 09:37 | thoughts

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