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芸術一般に思うこと(4)
視覚だけに頼らないで、まずもやっと感じる。そこはとても豊かな世界だと言いたいのですが、どうも説明がしにくい。じっと静止するも必要。動き回ることも必要です。

例えば日本文化はとても繊細なやり方で五感に訴えかけます。日本建築においても言わずもがな。とにかくそこから建築の嗜好範囲が怒濤のように広がり、目で見てつまらなかったものにも俄然興味が出てきました。洋の東西、今昔を問わず何でも。その場に立つことを重視するのはここに端を発します。

元々好きだった風景や景観といったものも結局、空間が閉じているか開いているかの違いだけなので環境を持つ以上そういったとらえ方ができます。環境で捉えた時点でもう建築というカテゴリーも吹き飛んでしまい、気が付くとそこはもう現代アートとの曖昧な境界領域です。

建築への興味と平行して各地の美術館を訪れることが多くなり、徐々に現代アート展を見る機会も多くなっていきました。いろんな建築を「体験する」中で、旧来の境界を解体したアートを体験する素地も固まっています。

アートは建築以上にすそ野が広い。絵画・版画・彫刻・インスタレーション・ダンス・音楽・写真・詩...。更に生物学・植物学・民俗学など学問との境界も怪しくなっていきます。

(1)の冒頭に記した通り、現代アートはある切り口を明快に示しますが、それが複合的視点をもつ古典の一断面に通じたりします。それは過去においてもそうですが現在のアートは常に直接/間接に過去のアートを参照してつくられているからだと思います。

そんなこんなで芋づる式にここでも興味の対象は過去に現在に慌ただしく行き来します。しかもノンジャンルで。

...結論らしい結論が見出せない。さて困ったぞ。

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by O-noli | 2006-10-22 10:20 | thoughts

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