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浄土寺浄土堂
もう少しいい写真を撮ってきてからと思っていましたが、建築図鑑にも載せてしまったのでとりあえず前に訪れた時の写真を引っ張り出してきて書きます。
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以前は天竺様とも言っていましたが、今は大仏様という名称に統一されています。大仏様とは鎌倉時代に中国より移入された建築様式で、現在に残る遺構は東大寺南大門と浄土寺浄土堂の2件とされます。

何のことはないその2件ともが重源(ちょうげん)の仕事で、東大寺再建の国家事業に起用されたのが重源であり、巨大な大仏殿を再建するために宋の建築様式を採用したためで、重源の死後は何らかの理由で廃れてしまったようです。

浄土寺はその東大寺の再建費用捻出のため播磨国の東大寺領荘園を再興する拠点として整備された。盛時は30ヵ寺の塔頭を擁したとされるが、大仏様を今に留めるのは浄土堂のみです。
建築図鑑では設計者の欄に重源と記しましたが、彼はプロデューサーであって実際は宋から連れて来られた技術者集団の手になるとするのが一般的な見方です。

さて浄土堂を見ると外観は至ってシンプル、方三間でそりがなく繊細よりは骨太だけど静的な印象を与えます。内部は天井を貼らず朱に塗られた骨組みが露出し、正方形平面のちょうど中央に阿弥陀三尊が安置されます。そのため外部からの印象は一変し、内部では求心的で力強く動的な空間に圧倒されることになります。

その落差だけでも結構、感動してしまうのですがそこには浄土信仰の徒、重源の更なる演出が施されています。この浄土堂は境内の西側に位置し、西を背に阿弥陀三尊が安置される阿弥陀堂です。ちゃんと正対する形で東側に薬師堂(本堂)が配置されています。

そして堂の西側は全面蔀戸となっており、日没時には阿弥陀像の背後より夕日が差し込み部材の朱に反射し堂内は幻想的な空間となります。さらに重源の奇策は続く。

境内は少し小高くなっており、浄土堂のある西端から西側を見下ろせる形になっています。地図を見ると現在も目にとまります、潅漑用のため池が散在しています。それらのため池はただ潅漑用にあるだけでなく反射した夕日を堂内に取り込むための演出装置であったそうです。

ちなみに西日の差し込み角度は4月下旬と8月上旬が最もよいそうです。浄土思想に基づく寺院配置には物語性がありますが、ここではより劇的に仕立て上げられるのが見られます。

一度、重源の意図した通りの劇空間に身を置いてみたいと思いながら、まだ実現していません。
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by O-noli | 2006-10-10 23:29 | 旅の空間

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