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方丈庵
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先日、京都散策に出掛けたおり、下鴨神社に立ち寄りました。
糺の森にある下鴨神社の摂社、河合神社をのぞくと境内に方丈庵が復元されていました。

鴨長明がここの神官の次男として生まれたそうで、そんな縁からここに復元されたようです。
実際にどこで方丈庵を営んでいたのか、詳しくはわかりません。
立て看板によると、大原からほうぼう転々として日野に落ち着いたとのことです(方丈記に大原山、日野の外山という手がかりが出てきます)。

長明はひとつ所に留まるつもりは毛頭なかったので、組み立て容易、車2台で持ち運べるポータブルな庵を考案しました(方丈記の中で自ら説明している)。
それが一丈(約3m)四方の方丈庵です。

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さて下から順に見ていきましょう。本体用の礎石はおそらく9個、約1.5m間隔で配置し、この上に直接井桁状に組んだ土台を載せる。3mとばすのは無理でしょうから、おそらく半スパンで大引きが入っています。
通常は礎石の上に載るのは柱ですが、仕口の簡略化のためでしょうか直接土台ユニットを置きます。

土台の上に柱を建て梁を架けます。まず桁行方向に梁を載せ四隅と棟持柱の間に妻行方向の梁を架け、棟持柱の頂部間に棟木を架ける。これでフレームは完成。

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床は細部がよく見えず、ユニット化されているのかよくわかりませんでした。壁はパネル化されており、外部は竹皮の網代、内部は板貼り。開口部は引違いの板戸と吊り戸は蔀戸というよりはパネル板という感じですね。

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そして屋根ですが、屋根裏がユニット化されており垂木に相当する部分で分断されています。細長く目の粗いスノコのようなパーツを並べて、その上に桧皮を敷き詰めています。棟をおさえて竹を被せて屋根の出来上がり。

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あと破風(妻壁の梁と屋根の間の部分)は見たところユニット化されていないようですね。
南面して狭い外縁、内部西面に簡素な棚がしつらえてあり、外部東面に小庇を張り出しこの下で火を使っていたそうです。
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by O-noli | 2015-05-07 15:32 | 旅の空間

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